今回のテーマは「日本の教育について」です。
長年いかに日本が洗脳されてきたか、ということが理解できる一冊。
少々劇薬的な要素はありますが、大変面白い内容です。
それではいきましょう。
基本情報
著者の他の書籍
儒教国
著者の苫米地さんが一貫して主張するのは、「日本は儒教国である」ということです。
そしてこの儒教の差別思想こそ、日本の洗脳教育の権化だと。
儒教とは一体何でしょうか?以下Wikipediaから引用します。
儒教は、堯、舜の行いに従い、文王武王の法令を信奉し、孔子を尊び、其の言を重んじ、夏・殷・周三代の礼制を踏襲している思想体系で、紀元前の中国に興る。
日本では儒教は学問(儒学)として受容され、国家統治の経世済民思想や帝王学的な受容をされたため、神道、仏教に比べて、宗教として意識されることは少ない。なお中国では儒教は「名教」「礼教」「孔教」「孔子教」という呼称があり、宗教として認知されることが多い。
Wikipediaより引用
儒教への理解を深めるためには私はまだまだ勉強不足です。
ただ、日本は無宗教の国だとおそらく多くの人が信じていますが、実は違うのではないか?と思うようになりました。
これを機に日本と宗教の関係性について読書でインプットしてみようかな。
日本の教育

儒教の影響が強く出ているのが教育です。
我々は日本の教育がどれだけその影響を受けているか気が付いていません。
例えば「義務教育」。本来、教育は国が義務化するものではないという見方ができます。
子供に教育を義務付けるのはあくまで親である。ただし子供への義務化、つまり教育をしたくないならば親にならなければ良い。
国が子供たちに対して教育をするから、教育にサービス的な要素が入りこむ。
大事なのは、子供が教育を受けるのは義務ではなく、権利であるという考えです。
私も何も考えずに小学校へ行き、卒業して中学校、高校へ行き、周りに流されるように大学へ進学してきました。
周りのせいにしたいわけではありませんが、この自然な流れこそが「洗脳」で、思考停止に陥っている証拠なのかもしれません。
子供たちのために親ができること

さて、日本の教育は洗脳じみていることを先ほど説明しました。
そう言っても、我々も、そして我々の親世代も皆洗脳の被害者なのです。
まずは我々が被害者であるという認識を持つことが重要だと著者は言います。
そのうえで、子供たちにしてあげられることは何かを考える必要があります。
子供の進路を親が勝手に決めてはいけません。
子供自らが自分で選択するまで親は見守るべきでしょう。そして見本であり続けること。
私にも幼い二人の息子がいますが、気を付けたいと思います。
このあたりの考えはアドラー心理学に通じています。水辺に連れていってあげることはできても、水を飲ませてやることはできない、です。
洗脳から逃れるために

それは、「この世に正しい唯一のモノサシは存在しない」ことを頭にインプットしておくことです。
これは著書、「頭のゴミを捨てれば脳は一瞬で目覚める」でも紹介しました。
誰かが決めたモノサシに従って生きる人生はある意味では楽です。
つまり自分で責任を取らなくて良いんです。他人の価値観に依存できるからです。
モノサシが無いということは、人のせいにできない、自分で責任を取ることです。
この世に存在する価値観や倫理、思想、考え方を自分で作り、判断しなくてはいけません。
そのためにも一般教養を身に付けることが非常に重要だと著者は主張しています。
なるほどって感じです。一般教養を身に付けるには読書が手っ取り早いと私は考えています。
読書によって人は変わることができる。その想いを1人でも多くの人に広げていきたいです。
まとめ
なかなか刺激的な内容でした。ただ、読んだ後にTVでニュースを見ると、いかに自分に味方がバイアスの影響を受けていたかを感じました。
以前読んだ「FACTFULNESS」を思い出しました。
凝り固まった頭をほぐしてくれる良書です。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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